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青果市場の名残を高架下に見た

 
 先日、久しぶりにアキバに車でやってきた。いつもなら、UDXあたりに駐車するのだが、この日はなんとなく違うとこにとめたくなり、高架下のTimes24に車をとめてみた。そういえばここは昔、ネットカフェがあったところだよなーと思いつつ、駐車場の中をちょっと歩いてみたら、意外なものを見つけてしまった。  これは、高架の柱に付いていたものだが、よく見ると最後に「東京青果」とある。そういえば、UDXビルが建っている一体は昔市場だったな…と。今の神田消防署とTOKYO TIMES TOWERのあった場所に廃墟の様な建物が1棟だけ残っているのを山手線の車窓からいつも眺めていたことだけは、私の記憶にある。  当時は、その建物をみては何の廃墟だろうと思っていて、建物の周りをスロープが取り囲んでいるのを見ては何かの自動車修理工場だったのかなと見当違いな事を考えていたのを思い出す。
現在の駐車場入口 ▲現在の駐車場入口これが見つけた東京青果市場の名残 ▲これが見つけた東京青果市場の名残じゃがいもと書いてあるから多分当時のものだろう ▲じゃがいもと書いてあるから多分当時のものだろう
 調べてみると、東京青果市場が閉鎖したのは平成元年、今から17年前だ。私が秋葉原に行き始めてから10年以上は経っているが既に閉鎖した後になる。それでは、あの記憶に残ってた建物が市場の名残とは思わなかったのも当然だ。今思うと、当時から写真を撮っていれば良かったつねづね思う。
この壁も当時の名残か ▲この壁も当時の名残かここが、私の記憶に残る建物があった場所 ▲ここが、私の記憶に残る建物があった場所
 しかし、その私の記憶からも既に十数年は経過していて、すっかり街は様変わりしている。頻繁に来ていたからこそ、あまり気が付かなかったけど、改めて思い返すと、本当に秋葉原は短期間で大きく変わったなと思える。  こんな街の変化をそのまま見過ごすのはとてももったいない。そう思い、今は秋葉原の歴史を少しでも多く残すために写真を撮っている。
今ではそんな姿を微塵も見せなくなっている ▲今ではそんな姿を微塵も見せなくなっている
 そういや、すでに建築場所が決まっている第2東京タワーだが、本当に山手線をまたいでアキバにできていたら面白かったのに。 【関連記事】 ・パソコンが全国に広がりはじめて30周年、今そこは… (2006年12月11日) ・夜の入店制限って、最近みないよね? (2006年11月25日) ・電気街口の床広告、一番最初はなんだったかな? (2006年11月21日) 【リンク】 ・東京神田青果市場落語「千両みかん」の舞台を歩く (落語の舞台を歩く) ・アキバに第2東京タワー?世界最大の600m級電波塔建設へ (AKIBA PC Hotline!)