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川が無いのに橋がある? 佐久間橋とヨドバシAkiba、その関係は?

 
 アキバの街を歩いていると変なものに出会うことがしばしある。これもその一つで、やけに古ぼけた石柱が道路の端に建っている。そこには「佐久間橋」と書いてあるが、どこを見ても川がなければ橋らしきものもない。しかしよく見ると、この石柱は橋の欄干とも言えなくもない。では、これは一体何なのだろうか。  アキバは昔からの街なので、各所に史跡や神社などが多く残っている。以前からお伝えしている花房神社もそうであれば、伊勢丹発祥の地もそうだ。そしてこの佐久間橋も、その一つとして数えてもいいだろう。  これは昔ここに川があった名残で、記念として欄干が残されているものと思う。ではどこに川があったかというと、この辺りをよく見ると分かるが、ここだけビルの建っていない区域が存在する。今は公園となってしまっているが、ここに川が流れていたのである。
古ぼけた石柱がポツンと建つ ▲古ぼけた石柱がポツンと建つ見にくいけれど「佐久間橋」と書いてある ▲見にくいけれど「佐久間橋」と書いてある地図では「秋葉原公園」とある ▲地図では「秋葉原公園」とある
 そして、川はどこに通じてたかと言うと高架をくぐり抜けヨドバシカメラまで続いていたのだ。それは、新しくできた地下鉄日比谷線の出口の上だけ、高架の構造が違うのが物語っている。では何の川かといえば、掘割、いわゆる用水路、運河のことだ。  昔(明治の終わり頃)は、鉄道は上野駅までしか延びていなかった。しかし、貨物用として線路は先まで続いており当時の秋葉原駅は「秋葉原貨物取扱所」として、設けられていた。  そして、鉄道で「秋葉原貨物取扱所」まで運ばれてきた貨物は、ここで船に移しかえられ堀割を通り神田川を使い都内へ運ばれていったとか。  こちらに、戦後ではあるが秋葉原駅上空の写真があるので、それ見ると当時川があったのが良く分かる。
ここが堀割のあった場所 ▲ここが堀割のあった場所高架の一部だけ構造が違う ▲高架の一部だけ構造が違う千代田区役所和泉橋出張所の敷地内にも名残が ▲千代田区役所和泉橋出張所の敷地内にも名残が
 さて、この堀割がいつ頃埋め立てられてかは不明だがOld Map Roomさんのサイトによると、昭和31年頃の地図にはまだ堀割が描かれているのでその頃まではあったようだ。そして今は公園になり、千代田区役所和泉橋出張所が建てられ、堀割奥の溜め池の位置にはヨドバシカメラが建っている。  しかし、そう考えると全てが納得いく。公園が低い位置にあるのも元が川だったからで、和泉橋防災船着場があるのも元々船着場として利用されていたからと思われる。地下鉄日比谷線秋葉原駅の以前の出入口が離れていたのは川を避けていたからであって(日比谷線秋葉原駅開業は昭和37年)、ヨドバシカメラが地下6階まであるのも元の堀割の深さがあったのでさらに深く掘ることができたからと思う。
和泉橋防災船着場、堀割の元出入口 ▲和泉橋防災船着場、堀割の元出入口埋め立てられた公園には町名由来の掲示板 ▲埋め立てられた公園には町名由来の掲示板神田佐久間町は「佐久間平八」からとったらしい ▲神田佐久間町は「佐久間平八」からとったらしい
 史跡と言うには新し過ぎるかもしれない「佐久間橋」。こうして歴史を紐解いて行くと、秋葉原の昔からの生い立ちがよく分かり、さらに秋葉原への興味が湧いてくる。まだまだ、秋葉原には隠れた史跡あるようで、いずれはここで紹介していくことができればと思う。
災害時にはここから避難や物資が輸送されてくる ▲災害時にはここから避難や物資が輸送されてくる
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